□ 第56回「エール辞任」

   『ジャン・エール辞任!!』
 ヨーロッパ中を衝撃的なニュースが駆け巡った。カン・アスレチック・クラブを欧州王者に伸し上げた“リンゴの魔術師”ジャン・エールが辞任を表明したのだ。エール辞任は何の前触れもない突然のものだった。理由はエールの病気治療のためであると公表されたが詳しいことは伏せられた。
 カンは開幕直前になって後任監督を探すという緊急事態に陥った。チームの基礎は完成しているだけにエールの戦術を継承できる監督でなくてはならない。結局チームはコーチを務めていたヴァレン・ルドルッティーを監督に昇格させることを決めた。エールを支える戦術家であったルドルッティーは選手からの敬意も勝ち取っていた。開幕戦から序盤戦さえうまくいければ波にのっていける。しかし序盤でつまづけばチームが分解しかねない。
 開幕を前に今シーズンからキャプテンを任されるキヴィはルドルッティー新監督に呼ばれて監督室に出向いた。エールのことを父親のように慕っていたキヴィはこのルドルッティーの有能さは知っていたもののどこか納得しきれない気持ちであった。ルドルッティーはそれに気づいていた。「アンティ、私はエールのやり方を継承していくつもりでいる。私のサッカーはエールのサッカーだ。そしてその中心は征服王・キヴィなんだ。」
 「期待には応えてみせる。だからヴァレンも俺たちの期待を裏切らないでくれよ?」キヴィの言葉を聞いてルドルッティーは笑顔を見せながら言葉を返した。
「今季も優勝カップをカンに、そしてエールに捧げよう。彼はきっと帰ってくる。」
ルドルッティーは現役時代の大半をカンで過ごした生え抜きの人材である。現役時代はスイーパーとして活躍したが代表とは無縁の選手だった。20代後半でレギュラーを掴んだ遅咲きの選手でグラウンド上でチームを統率するキャプテンシーを持った選手でもあった。
 当時のカンは万年中位の成績だったが、低予算のチームを降格争いに巻き込まずに済んだのはルドルッティーとフォルネンダーのCBコンビのおかげだったというのが古株のファンの見方である。
 しかし、彼の監督就任についてサポーターの意見はさまざまだった。何しろチャンピオンシップを奪取したエールの後任である。有名な監督を据えるべきだという声も、コーチからの昇格を歓迎する声も、ショルを監督に!という声まであった。コーチを昇格させるというフロントの判断が正しいのか否かはシーズン終了後の成績を見るまでわからないのだが…。

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