□ 第44回「リンゴとカフェ・オレ」

  何度も書いてきたがカン・アスレチック・クラブのサポーターにとってメーメット・ショルというドイツ人MFは特別な選手である。D2にいたノルマンディーの小クラブであるカンをD1昇格に導き、昇格1年目でD1優勝を成し遂げたミラクルなチームの中心であり顔であった。古傷の具合と年齢から1度はトップレベルから退いたものの、移籍先のチームの財政難と古傷が奇跡的に完治したというタイミングが彼にベティスの一員として再びD1ウェスタン・リーグで戦う機会を与えた。
 ショルの跡を継いだ形でデビューしたアンティ・キヴィにとってこのショルとの直接対決は大きな意味を持つものである。サポーターにとっては退団して3シーズンが経つ今でもショルは偉大な選手でありアイドルである。このショルを超えることがキヴィにとっては宿命であり、ある意味使命である。
 今季のベティスはどこかおかしい。チャンピオンシップでは最終節まで健闘したもののリーグ戦では最下位。ここ2シーズンは上位争いをしていただけにこの低迷はショッキングである。盛者必衰といったところなのかもしれないが昨今のウェスタン・リーグはそんな傾向が目立つ。レアル・マドリーしかり、バルセロナしかりである。
 低迷しているとはいえベティス対カンは白熱した展開になるのが常である。今回の対戦も例外ではない。前半から主導権は流転し続ける。攻撃的な展開を見せるこの試合はショルのマークを任されたユーゴーとキヴィのマークを任されたアスンソン、この2人の出来が勝負を左右すると見られていた。最後の仕上げをするこの2人をいかに抑えるかが重要なのである。
 再三にわたりマークをかわしてゲームを作るショルとキヴィの技の競い合いにスタジアムは熱狂の渦に変わるが得点が決まらない。カンの“完封GK”ライブニッツとベティスのプラッツが好セーブを連発して得点を許さない。ともに1トップを張るシェフチェンコとパレルモはいくら打ってもゴールが決まらない展開にフラストレーションが溜まる一方である。
 試合を決める決定的な仕事をしたのはキヴィだった。後半36分にセンターサークル辺りでアスンソンをかわすとそのままゴールに向かって突進、左に逃げるように動き出したシェフチェンコを囮にしてシュートコースを見つけるとDFの股を抜くシュートでついにプラッツからゴールを奪ったのだ。この1点で3試合ぶりに勝ち点3をものにしたカンは再び2位との勝ち点差を10に広げ独走態勢をキープした。
 注目されたレアル・マドリーの会長選は大富豪・リードの圧勝に終わった。これでレアル・マドリーは来季に向けて超が付くような大型補強が可能になった。しかも、候補になるであろう大物選手の中には今季で契約が切れる選手が多かった。インテルのクリスチャン・ヴィエリ、ミランのアレッサンドロ・ネスタ、ローマのワルテル・サムエルらがレアル・マドリーに加わることになりかつての“銀河系選抜”などと呼ばれたチームを再現するようなことになれば同じリーグに所属するカンにとっては脅威以外の何物でもない。
 カンの首脳陣を悩ませるのはそれだけではない。レアル・マドリーがカンの選手の獲得を目論んだ場合の対応である。チームにはキヴィ、ピリニャークら若手の有望株からキャリアのピークにあるピレス、シェフチェンコら中堅からベテランまで優秀な人材がそろっている。レアル・マドリーが彼らの獲得を狙っても不思議はない。さらにはここ数シーズンで名将という地位を確立したジャン・エールの引き抜きを画策する可能性すら考えられる。
 チームとの契約が来季いっぱいまで残るエールはチームと契約を更改することを考えていた。ノルマンディーでの生活とこのクラブでの仕事に満足しているエールには今のところチームを去るつもりはない。マドリーのような大都会に行けば練習後に喫茶店でカフェ・オレとリンゴを楽しむというエールのささやかな楽しみが味わえなくなるかもしれないし、エールの大好きな若手の育成ができない可能性が高い。カン・アスレチック・クラブで長期政権を築くのがエールの目標なのだ。
 エールは選手の引きとめも考えつつ別のことも考えていた。レアル・マドリーが大型補強を敢行した場合、間違いなく戦力外となる選手が出てくる。そういった選手を安値で引き抜こうというものだ。カンビアッソやグティ、ポルティージョといった優秀な選手がポジションを失えば出場機会を求めて移籍を希望することは十分にありうる話である。

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