□ 第35回「帰り道」

 トリノから帰る飛行機の中では誰も眠れず嫌な雰囲気が流れていた。嫌、DHとして90分プレーしたユーゴーだけは寝息も立てず寝ている。彼は9人になった後の約70分間を膨大なスペースのカバーとチェイシングのため走り回った。スタミナには自信のあったユーゴーだが、試合終了のホイッスルのあとすぐにロッカーのトイレに駆け込み嘔吐したほどだ。
 疲れきっているでしょうという会長の計らいで特別機をチャーターしてもらった選手たちだったが、口を開くものは誰もいない…。こんなときに沈黙を破るのは決まってカンデラだ。
「ではこれより反省会を開催いたしますぅ。まず、キャプテンのアンドレイより開会の辞を…。」驚きながらもシェフチェンコがそれに答える。「今日は負けましたがまだシーズンは続きます。この試合での反省を活かしましょう。」
 こうしてイタリア上空で反省会が始まった。欠席者は居眠り中のユーゴーだけだ。まず、前半早々に退場してしまったオラッラが謝った。彼はガラスが第1戦で警告を受けて出場停止だったため先発の機会を得たが足を引っ張ってしまったことを申し訳なく思っていた。「僕がもう少し慎重だったら11人で戦えたんだけど…。」と泣きそうな顔で言う。
 おのおのの反省の弁が出たあとエールが口を開いた。「まぁ、年棒が違うからしょうがないな。昨季も1回戦で負けたが、昨季のヘルタに比べれば間違いなくユーヴェのほうが強かった。若造ばっかのカンがあのユーヴェ相手に喰らいついてったんだ。よくやったってもんだよ。だが、来季こそ叩き潰して欧州王座を獲るぞ。毎年1回戦負けじゃ僕のクビが危ういからな。それより帰ったらスペインまで飛んでディポルティーボと天王山だ。オフには旨いカルヴァドスを飲むぞ!!」
 飛行機から選手たちは胸を張ってフランスの地に降り立った。特にブッフォンから言葉をかけてもらったライブニッツは次の試合が楽しみでしょうがないという感じで笑顔が絶えない。練習になると鬼の形相に変わるのも集中している証拠だ。
 結局着陸するまで起きなかったユーゴーは練習で走る距離を増やしスタミナを増やすことに必死だ。「ダービッツにでもなるつもりなんでしょうなぁ。」とそれを見て呟くピリニャークは自らの売りである大砲と呼ばれる右足を鍛える。トリノでの敗戦は若手の選手たちにはいい経験になったようだ。
 エールは自らの采配にも敗戦の原因があったと感じていた。トリノではもっと慎重な策を講じるべきだった。今季まだ出場の少ないオラッラをガラスの代役にしたのも間違いだったかもしれない。ここのところ自信を深めているビディッチを入れるほうが良かったかもしれない…。エールは監督業に就いて7年になる。まだまだ勉強が必要だな…。選手の前ではいつも陽気で強気なエールだが悩みやすい性格も持ち合わせていた。そんなときは決まってカルヴァドスで1杯やるのはいかにも彼らしいが…。
 リーグでの天王山に挑むカンはベストメンバーをそろえてリアソールに乗り込んだ。彼らはユーヴェ戦で得た自信と謙虚さを持って試合開始を迎える。試合はどちらがホームかわからないほどカンのペースで進む。前半だけで7本の際どいシュートを放ちファン・デル・ファールトがそのうちの1本をファー・サイドのサイドネットに突き刺した。対するディポルティーボは1本もシュートも打てない…。
 後半もペースはカンのままであった。リアソールがブーイングと溜め息に包まれる中、シェフチェンコが自らの執拗なチェイシングで奪ったボールを美しいループシュートで決めて止めを刺す。そのまま試合は2−0でカンが勝利したが、点差以上に内容に差があったことは誰の目にも明らかであった。カンの選手たちはひとまわり強くなったようだ。

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