カン・アスレチック・クラブにとって出直しとなったこのシーズンの開幕戦はその門出には最高といえるカードが組まれた。ドイツから戻ってきたショルを擁するレアル・ベティス戦に決まったのだ。
バイエルン・ミュンヘンで出場機会を失っていたショルが新天地にカンを選んだのが3シーズン前。ショルはカンではキャプテンを任されチームをD2からD1へ導き、バルセロナとの死闘を繰り広げた末にD1優勝を勝ち取ったカンの英雄であった。サポーターからの支持はいまだに衰えない。膝の痛みや体力の限界を感じ始めたため故郷であるドイツのカールスルーエに戻ったのだが、MLからは程遠いレベルでの1年が彼に膝の完治とフィジカルコンディションの向上、そして新たな闘争心を与えた。彼は当初、カンへの復帰を考えたがチームはアンティ・キヴィという若い才能を育てているところであったためショルはそれならばカンと戦ってみたいと考えるようになった。
そこへレアル・ベティスからオファーが届いた。ショルは高額の移籍金を故郷のチームに残して再びウェスタン・リーグD1に帰ってきた。ベティスは積極的な補強で上位進出を目指していた。パレルモ、デニウソン、ホアキン、アスンソンに加え、ウィルトールなどを補強した非常に攻撃的なチームである。そこにこれらを操れるショルが入るとなるとかなりの難敵になる。
開幕戦の相手がベティスに決まったことでカンの街とマスコミは盛り上がりを見せる。新聞やTVはしきりにキヴィとショルを比べたがりショル信者のサポーターがそれを加熱させた。まだデビューして1年にもならないキヴィにとって“英雄”とまで言われたショルと比較されるのは光栄ではあったものの大きなプレッシャーだった。
キヴィはオフにフランス・フットボール誌のインタビューでこう話していた。
「デビューする前のシーズンはD1に上がったチームを興奮しながら応援していた。特にメ―メット・ショルが大好きだったんだ。彼は僕にとっても英雄だよ。今彼がいたポジションに自分が入ってるってのは恐れ多いくらい光栄だよ。まだ僕じゃ彼の足元にも及ばないけどね(笑)」
そして、「(今季は10番を付けるのかい?という質問に)10番はショルの番号だよ。だから実力と人間性、キャプテンシーみたいなものも兼ね備えた選手が付けるべきだ。だからラファエル(ファン・デル・ファールト)が適任なんだ。彼は17歳でアヤックスデビューを飾りオランダ代表でも常連、ここでも史上初めてバルセロナを倒した偉大な男だよ。たしかに、彼は僕がショル信者だって知ってたから昨シーズンの終わりに10番を譲ってもいいって言ってくれたんだ。でも僕にはまだまだ重過ぎるから遠慮したんだよ。」とも話していた。
そんなキヴィにとって自らの英雄ショルと戦うことはチャンスでもありピンチでもあった。勝てればキヴィはショルの持つサポーターからの絶大な信頼を引き継げるチャンスである。しかし、負ければショル神話が今後も彼を“ショルの後継者”という肩書きに縛りつけかねない…。
新旧対決を煽り立てるマスコミにプレッシャーを感じていたキヴィはこのことを先輩であるカンデラに相談した。カンデラはユース上がりの選手たちのお目付け役をエールから任されていた。フランス人選手の中では最年長で試合中も練習中も必死に走り回る経験豊富なこのフランス代表は若手の尊敬を得ていた。
カンデラはキヴィにポジティブな思考を持つように説いた。「いちいち悪いほうに考えるな、偉大な英雄から技の2,3個も盗んで試合後にユニフォームの交換してもらう。それでハッピーじゃなか?どうせシェバが2発も叩き込んで2−0で終わりってとこだ。だいたい20歳にもなってないお前が歴戦の勇者にあっさり勝ったらドラマ性がないでしょ?」
このカンデラの酔っ払っているかのような言葉がキヴィに勇気を与えた。
「ショルに勝って英雄を超えてやる。そうすれば可愛い恋人もできるかも(笑)」
いつもの顔に戻ったな、と思いながらカンデラがオチをつける。
「もれなく爺さん婆さんサポーターもついてくるけどな。ワシの可愛いキヴィとか言ってな(笑)」
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