□ 第26回「グラウンドの外で」

 WEFAチャンピオンシップの決勝トーナメントの組み合わせが決まった。財政に問題を抱えるカン・アスレチック・クラブはドイツのヘルタ・ベルリンと対戦することになった。ヘルタは今季からクレスポ、メンディエタらを獲得して突如強豪の仲間入りを果たした勢いのあるチームである。

 ホームでの第1戦を2日後に控えた夕方、エールは練習場近くの喫茶店に立ち寄った。この店はショルがよく利用していた喫茶店で、エールも時々利用していた。

 エールが店内に入るとよく知った顔があった。アンドレイ・シェフチェンコである。練習帰りにここで紅茶を飲むのが日課になっているシェフチェンコは空いていた隣の席をエールに勧めた。エールはシェフチェンコと同じ紅茶を頼み、しばらく取り留めの無い話をしていた。

 先に話を核心へ運んだのはシェフチェンコだった。「監督は今後どうするつもりですか?もちろん欧州で優勝できれば問題ないが、優勝欧州王座を獲ったことのある者としては今のチームで欧州制覇ができるとは思えない。そうなれば…。」

 エールはしばらく考えて答えた。「たしかに…。実力のある選手は多いが欧州を獲れる実力はないでしょうな。できれば誰一人として放出したくはない。みんな私のチームには必要な選手だ。しかし、そうもいかないでしょう。選手がいてもクラブが潰れてはサッカーはできない。グラウンドの外で試合をやっているわけではないんだがね…。」

 シェフチェンコはもっとも気にしていることを質問した。「監督は他のクラブへは行かないんですか?」

 いやいや、という顔をしてエールが答えた。「インテルやリバプールか?興味ないよ。私はここでクラブと共にビッグになりたいんだ。サー・アレックス・ファーガソンやアルセーヌ・ヴェンゲルのようになりたいんだよ。恐らく、今季から加入したトゥドール、エルゲラ、ファン・デル・サールは出て行くでしょう。ロベールも出てくかもしれない。あとはオファーしだいだがね…。できればアンドレイには残ってもらいたいが君次第だ。君ほどのストライカーならどこでも欲しがるでしょうし…。」

 そこまで言ったところでシェフチェンコが言葉をさえぎった。「来季もカンのユニフォームを着ます。」

 驚いた顔のエールを見ながらシェフチェンコが言葉を続ける。「エール監督のサッカーに惚れてミラノを出る決意をしたんです。それに昨季はリーグ優勝できたし、来季もチャンピオンシップに出られる。不満はありませんよ。」

 エールは素直にシェフチェンコの“残留宣言”を喜んだ。二人はこのあと紅茶をワインに持ち替えて来季と今後のことを語り合ったという。

 翌日、エールはスタジアムでの前日練習に行く前にユースチームの指導をしているフランセ監督に会いにカン市郊外のユース・アカデミーに足を運んだ。フランセはエールと同時代にモナコ、マルセイユなどで活躍したMFだった。エールより先に引退した彼はもう10年近くユースチームを指導するユースの専門家である。引退後はモナコでユースのコーチをしていたのだがエールがカンの監督に就任するときにローラン会長が引き抜いたのだ。

 ひとしきり挨拶を交わしたあとエールは単刀直入に聞いた。「来季から使えそうなのはいるかい?」
 ニヤッとしながらフランセが答える。「いますぐだって使えるぜ?」

 フランセらしい答えだと笑いながらエールは言葉を続けた。「3人は必要だ。3年で1人前になるくらいでいい。即戦力でもかまわんがな。」

 自信満々の顔でフランセは答える。「キヴィと中盤を構成していた連中はかなりの才能だよ。特にSHのピリニャークってのがいい。国籍はロシアだが、子供の頃からずっとフランスにいるからローラン会長がなんとかするでしょう。しかし、えらいことになったもんだな。ユースも予算が維持されるか不安だよ。まぁ、若手好きの会長のことだから大幅削減とかはないでしょうがな。子供たちにはチャンスだって煽ってやってるけどな。」

 ユース・アカデミーを出てスタジアム練習に向かったエールは殺到する報道陣を避けながらピッチに降りた。このスタジアムもあと1シーズン半で役目を終える。そのときまでにどの程度戦力を維持できるかエールにはまだわからない。

 練習後の会見ではエールの去就と財政関係の質問が乱れ飛んだ。エールは「プレーに関する質問しか答える気はない。」とだけ答えて会見場を去った。選手たちは眠れぬ夜を過ごしていた。

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