□ 第19回「スラングソンINアムステルダム」
 カンがバルセロナと死闘を繰り広げている頃、スラングソンGMはオランダのアムステルダムにいた。目的はショルの後釜候補、ラファエル・ファン・デル・ファールトの獲得である。

 このオランダ代表の若手の旗頭はイースタン、またはサザンリーグへの移籍を熱望していた。エール監督とスラングソンGMを始めカンの首脳陣は彼の実力を高く評価しており、他の強豪と獲得合戦になることを覚悟でオファーを出すことを決めた。

 交渉は難航した。水面下でインテル、ミラン、レアル・マドリーなどの強豪が火花を散らしアヤックスは返事を決めかねていた。そこでスラングソンが直接交渉に動いたのである。

 スラングソンは広い人脈を活かしてアヤックスからファン・デル・ファールトとの接触の許可を得て直接口説くことにした。カンのコンセプト、監督、所属選手から風土、料理、民族性まで様々なことを話し彼の興味を惹いた。 インテル、ミラン、レアル・マドリーなどに比べれば無名に近いカンである。それだけにスラングソンは必死だった。

 数日後にインテル、ミラン、レアル・マドリーに断りの連絡が入った。ファン・デル・ファールトはカンのユニフォームを選んだのである。 この知らせをエールは空の上で受けた。彼はトリノでユーヴェからトゥドゥールを獲得することに成功しフランスに帰る途中だった。

 カンは来季、そして未来に向けて着実に動き出していた。
PS2RC

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