□ 第22回「逃亡者」
スイス、バーゼル。FCバーゼルというイースタンリーグD3のクラブ。規模はスイス国内では大きいレベルだがD2のクラブと比べるとごく小さいクラブである。ここに18歳のFWがいた。ボローヤン・デュナン。バーゼルの監督に言わせれば足が速い選手だが足が速いだけだ。跳躍力も平均よりはあるか。せいぜいそのくらいの認識だった。残り10分くらいで出てきてカウンターのために前線に置いておく。そんなところか。
その18歳の控えFWにウェスタン・リーグのしかもD1の2位につけるルゴからオファーがやってきた。バーゼルの関係者は驚きを通り越して不思議な感じすら覚えていた。会長は思わず確認のファックスを送ってしまったくらいだ。バーゼルのエースであるハカン・ヤキンへのオファーなら驚きもしないがデュナンが?今シーズン8試合出場で2得点のデュナンをD1のクラブが?会長は特に深くも考えないでデュナンの移籍を認めた。来季からでいいとルゴ側は言っているし、何より会長はデュナンを手放すよりもルゴが提示した1500ptsの移籍金の方が嬉しかった。のちにこの会長はこの金額でデュナンを手放したことを後悔するのだが…。
ベティス戦の翌日、月曜日の新聞はサンティ監督の消極的采配を批判する記事が躍った。ルゴが攻撃的な試合運びで最後まで行けばベティスは同点の糸口すら掴めなかっただろうという意見が大多数である。選手たちは口を揃えて「フットボールではよくあること。」とサンティを擁護したがここのところの失速からサンティへの風当たりは強くなっていた。
火曜日、この日は午後からの練習だったが11時になって急にオフにすると選手たちに連絡が入った。しかし、午前中から雑誌のインタビューに応えていたグラシアとグティはクラブハウスにいた。インタビューが終わり練習があるものだと思ってロッカーに向かうグティとグラシアの耳に役員室で口論をしているような雰囲気の声が聞こえてきた。「来季の獲得選手のことかなんかで揉めてんのかな?」そう言いながらロッカーに着いたグティだったがロッカーに誰もいないのを不審に感じた。練習は12時半からのはず。もう時刻は12時だ。若手のカルストロムやアルテタ、そしてクソ真面目なメイラとメンディエタが30分前に来ていないということはまずありえないことである。「休みになったんすかね?」グラシアも首をかしげる。二人がロッカーの近くにいた用具係のホセに尋ねると練習が急に休みになったと聞かされた。「まぁ、せっかく来たしな。練習してくか?」結局2人は2時間ほど練習をして帰っていった。
翌日の水曜日。グラシアは母親の引っくり返った声で目が覚めた。「朝からなんだよ?まだ6時じゃんよ…。」この日は夕方から練習の予定だったためグラシアにはたっぷり時間があるはずだった。しかし、母親が持っていた新聞を見てグラシアは一気に目が覚めてしまった。
−『ルゴのクラウディオ・サンティ監督が突然の辞任!!』−
我が目を疑ったグラシアは急いでクラブ事務所に電話した。しかし、返事はその記事に書いてある通りだというものだった。グラシアは昼前にグティに呼ばれてレストランに入った。突然の監督辞任劇にグティも驚いていたが、グティはグラシアよりは事情を知っていた。「さっきホセに聞いたんだが、サンティの奴逃げやがったんだ。」グティがホセに聞いたところによると、サンティは最近のチームの不調でかなりプレッシャーを受けていたらしい。そして前節のベティス戦での采配ミスでついにプレッシャーに耐えられなくなったというのだ。「昨日聞こえた口論は辞めるって言い張るサンティと会長のものだったらしい。だけどこんな時期にいきなり辞めるなんてな…。後任なんか見つからないぞ?」しかし、自分のプレーのことで頭の中がいっぱいなグラシアにはいまいちことの重大さがわかっていない。「それで今夜の練習はあるんですかね?」
「この時期に監督交代なんて降格争いのチームみたいだな。」とりあえず練習に来た選手たちは半ば呆れてしまっていた。現実的に考えればコーチが内部昇格で暫定監督として残りのシーズンを戦うことになるのだろうが、コーチのほとんどはサンティと一緒に入ってきたことを考えると選手たちが信頼するとは思えない。だからと言って残り5試合の時点で2位にいるとはいえ難しい状態のこのチームを率いてくれる人物を外部から探すのも難しい。フロントも頭を抱えていた。来季からの監督という話なら候補はいくらでもいるのだがいきなり監督が辞任してしまったチームを残り5試合の時点から率いてくれる人物などそうそういない。しかもまだ優勝戦線に留まっている難しい状況…。
何も決まらないまま金曜日になった。監督は決まらなくても試合のスケジュールは決まっている。チームはスポルティング・リスボンとの試合のためにリスボンに移動しなくてはならない。結局、フロントはサンティの右腕だったコーチのゲレーロを監督代理に据えたが選手たちはまったく彼を信頼していなかった。どうせシーズンが終われば辞任してクラブから去るのは間違いないからだ。
まったくやる気の感じられないルゴは22節、スポルティング相手になんとかスコアレスのドローに持ち込むのが精一杯だった。ホームでセルタを2−0で下した首位ソシエダに勝ち点2の差をつけられたルゴ。このまま落ちていくのではないかと誰もが思っていた…。
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