□  第20回「序曲」

 「あんまり期待を裏切るなよ…。」この言葉はラウール・グラシアの胸に強く響いた。左からなんとか突破口を開こうと前半から必死に走り回っているグティのユニフォームはすでに汚れが凄い。白いゲームパンツは芝の緑に染められ赤いユニフォームは汗で光っている。“僕は何をやっていたんだ…。”
 左サイドでグティがボールを持つとまたルシオとアルベルダが挟みに来る。グティはチラッと右サイドを確認する。グラシアはまだ動かない。“あの馬鹿、まだ寝てんのか!?”必死にボールをキープしながらフォローを待つがカルストロムはアジャラにつかまり、アルテタはアイマールを警戒して上がり切っていない。“どうする…。どうする…。”
 そのとき、ヴァレンシアの左SB・アウレリオの声が聞こえた。「アルベルダ!!ウラ行ったぞ!!」はっとしたグティはヒールキックでルシオとアルベルダの間にボールを通す。そこにいたのはラウール・グラシアだった。瞬間的にルゴの左サイドはグラシアとカルストロム対アジャラという2対1の状況になっていた。カルストロムがパスコースを確保しながら中に切り込むとグラシアは左サイドを一気に駆け上がる。中ではルケとカルストロムが待ち受ける。アジャラと1対1になったグラシアはいつもの縦にいくフェイントではなくキックフェイントを織り交ぜての横へのフェイントでクロスを入れるコースを作り出した。そしてクロスを防ごうと身を投げ出したアジャラを得意の切り返しでかわしてゴールに突進する。
 「ヤバイ!!ペジェグリーノ!頼む!!」アジャラがかわされたのを見てゴール前でルケをマークしていたペジェグリーノは慌ててグラシアを止めに行く。GKカニサレスも飛び出してコースを塞ぎに行くがグラシアのドリブルを止めることはできなかった。左からゴールに向かって突進してきたグラシアはカニサレスとペジェグリーノと平行に対峙したがマイナス方向に切り返すフェイントを入れてから一気にゴールラインに向かって加速した。そして食い下がるカニサレスとペジェグリーノをあざ笑うかのように足の裏でボールをコントロールしてもう一度マイナス方向に切り返した。カニサレスとペジェグリーノはタイミングを狂わされて交錯してしまった。そしてグラシアは無人となったゴールに右足できっちりとコントロールされたボールを蹴りこんだ。
 「ラウール!!さっさとボール持って来い!!ひっくり返すぞ!!」ゴールを決めたあとボーっとしていたグラシアにグティが声をかける。“そうだ、まだ終わってなかったんだ。”グラシアはゴールに転がるボールを拾ってすぐにセンターサークルに走っていったが背中越しにカニサレスの声が聞こえた。。「リードは1点だ!残り8分、ガチガチに守るぞ!!」
 カニサレスの号令とともにヴァレンシアは守りに入るが“覚醒モード”に入ったラウール・グラシアを止めるのは非常に困難である。ビセンテ、アウレリオが掴みかかるような守備でなんとか足止めする。しかし、ここにジャンナコプーロスがオーバーラップしてきて右サイドを崩す。しかし、幾度か上げられたクロスはペジェグリーノ、アジャラがはじき返して得点を許さない。“くそ、こうも守られると…。もうロスタイムかよ…。”ジャンナコプーロスが弾む息を整えながら自陣に下がる。ロスタイム表示は3分。チャンスは作れてあと1,2回か。ヴァレンシアはもう攻めてはこない。前線にボールが入ってもキープして時間を潰すだけだ。
 前線でルケ、カルストロムが必死にチェイシングしてロングボールを蹴らせる。そしてそのボールをなんとかグティが抑えてマイボールにする。すでに92分30秒…。前線に張り付くルケに預けて中盤が一気に前に出る。そしてルケの落としたボールをグラシアが受けてゴール正面からミドルシュートを放つ。ボールはブロックに飛び込んだアジャラとアルベルダの間を抜けてゴール左隅に向かって飛んでいく。“入った!”シュートを放ったグラシアも近くで見ていたグティもカルストロムもそう思った瞬間、ボールは金髪のスペイン代表GKのグラブに叩かれてサイドラインに勢いよく飛んでいった。誰もが呟いた。「嘘だろ…?」
 そして長い笛が鳴りヴァレンシアの決勝進出が決まった。カニサレスの奇跡のようなセービングに最後のシュートを阻まれたグラシアは呆然と膝をついた。“最初から僕がちゃんとやっていれば…”顔を伏せるグラシアにグティが寄って来た。同じように伏せてしまったカルストロムを抱き起こしたあと、今度はグラシアを起こしにきたのだ。「まったく、世話の焼ける奴らだぜ。」そういいながらグラシアの腕を掴んで立ち上がらせる。「落ち込んでる暇はないぞ!まだシーズンは終わっちゃいないんだからな!」
 
 『目標はチャンピオンシップ出場圏内。現在首位にいるが優勝を意識するにはまだ早いかと…。』21節のベティス戦を前にサンティ監督はマスコミにこんなコメントを繰り返していた。首位にはいるもののここ数試合は不本意な試合が続いており、2位との勝ち点差も2まで縮まっていた。味わったことの無いプレッシャーにさらされてサンティの采配からは大胆さや早い決断が無くなりつつあった。さらにフロントはチャンピオンシップ出場圏内の確保を確信してすでに来季のための補強に動き出していた。これがサンティ監督にさらなるプレッシャーを与えていた。そして緊張感の高まる中、ホームにベティスを迎える。
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