□ 第18回「5年前の世界最高」
マスターリーグは第19節を開催した翌週はインターナショナルマッチのため1週間の休みに入る。代表選手を多く抱えていないクラブにとってはいい小休止となるのだが代表選手を多く抱えるクラブにとっては嫌な1週間である。とくにこれからリーグ終盤を迎えるこの時期ならなおさらである。主力選手に怪我でもされたら…。そう考えると選手の後ろ髪を掴みたくもなるものだ。
その小休止前の19節、ルゴは13位と低空飛行を続けるランスをホームに迎えていた。クラウディオ・サンティ監督は翌週の予定がない、つまり代表に招集されていない選手を中心にメンバーを選んでこの試合に臨んだ。しかし、サンティは明らかにランスをなめ過ぎた。ほとんどチャンスを作れずに後半途中からグラシア、グティ、ルケを投入するが得点を奪えずに0−0のドロー。痛い取りこぼしとなり2位に勝ち点差5となってしまった。試合後の記者会見ではサンティに厳しい質問が飛び交ったがこれはまだ序の口に過ぎなかった…。
翌週も代表戦のため、グラシア、グティ、メンディエタ、ファンフラン、ルケはメスタージャで行われるフィンランド戦へ、ラウトは母国ドイツで行われるアルゼンチン戦、メイラは自国でのユーロ開催に燃えるポルトガル代表としてオランダへ、そのオランダ代表にはオーイェルも呼ばれている。カルストロム、ゴヤ、アルテタ、ポスチガらもU−22の試合のためチームを離れた。
ヴァレンシアでスペイン代表チームに合流したルゴの面々。グラシア以外は慣れたものだ。グティはグラシアを連れてレアル・マドリーの選手たちと旧交を温め、メンディエタはヴァレンシア、バルセロナの選手と話に花を咲かせる。やはり古巣の選手たちとは話が合いやすいものだ。合流翌日には早くもゲーム形式で練習が始まる。控え組みに入ったグラシアだったが控えとは言っても周りは一流選手だらけである。しかし、先々週のヴァレンシア戦からキレキレ状態のグラシアは臆さない。対峙したソシエダのSBアランサバルを何度も翻弄してトップに入ったルケにクロスを提供する。これをじっと見ていたイニャキ・サエス代表監督はグラシアを先発で使うことを考え始めた。“ジョーカーとして使えればいいと思っていたがここまでやれる選手とはな…”
そして試合の前日練習でも控え組みに入っていたグラシアは試合当日、メスタージャへ向かうバスの中でいきなり先発を言い渡された。この試合の先発はGKカシジャス、CBがエルゲラとプジョール、SBは右にサルガド、左にファンフラン、中盤はフラット気味で右からグラシア、バレロン、アルベルダ、グティ、2トップはトリスタンとラウール・ゴンザレスである。ウォーミングアップをする選手たちがビブスを着た選手と着ていない選手に分かれていたため誰が先発メンバーなのかは明らかだった。「おい、グラシアは先発みたいだぞ?」スタンドに観戦に来たルゴのサポーターたちは大喜びでガリシアの旗を振り回す。
刻一刻と試合開始時間が迫る。本来ビビリ症のグラシアは膝が震えるのを感じていた。「グティさん、やっぱ緊張しますね…。」先輩であるグティに話しかけるグラシアだがグティは監督に呼ばれてすぐにその場を離れてしまう。メンディエタとルケはベンチ組で近くにいないし、ファンフランはトイレに行ったようで見当たらない。迷子のようにキョロキョロするラウール・グラシアに声をかけてきたのはラウール・ゴンザレスだった。「初代表は落ち着かないだろう?」あまりにも突然ラウールが声をかけてきたためグラシアは一瞬固まってしまった。そんなグラシアに微笑みながらラウールは続ける。「1度いいプレーが出来れば落ち着くものだよ。思い切ってやればいい。君の武器はドリブルなんだからドリブルすればいい。」
いよいよ選手入場の時間を迎える。アンセムがスタジアムに響き観客の拍手が聞こえる。このとき初めてグラシアは対戦相手のフィンランド代表の選手を間近で見た。「グラシア、あれがアンティ・キヴィだ。」トイレから帰ってきたファンフランがフィンランドの20番を指す。“あれがキヴィ…。”5年前には世界最高のフットボーラーだった男は膝に大きな傷跡を持つ俳優のような優男だった。ラウール・ゴンザレスと言葉を交わすキヴィの表情は昔テレビで見た表情より幾分も大人びたものになっていた。
そしてついにラウール・グラシアがスペイン代表のユニフォームを着てピッチに現れた。国歌を聴き、そしてフィンランドの選手と握手を交わし記念写真を撮る…。グラシアの頭の中は真っ白になりかかっていたがグティがすぐに気づいて声をかける。「ユーロに出たいならシャキっとしとけ。」“ユーロ…”これでグラシアの頭の中は集中力で満たされた。
試合開始の笛と共に攻勢をかけたのはスペイン。バレロン、グティとつながりオーバーラップするファンフランへ、そしてファンフランが中盤に下がってきたラウールへ通す。そこからグラシアにパスが出る。しかしこのパスをキヴィが読んでいた。あっさりとカットすると一瞬ルックアップして長いスルーパスを出す。約40mの長いグラウンダーのパスは目いっぱい足を伸ばしたプジョールの右を抜けて走りこむフォルセルの足元に収まる。スタンドの悲鳴の中フォルセルの放ったシュートはGKカシジャスが素晴らしい反応でかき出す。しかし、キヴィのこの1本のパスはスペインの背筋を寒くさせるのに十分だった。中盤の左気味にポジションをとるキヴィを警戒して右サイドのグラシアになかなかパスが入らない。グラシアのイライラは募るがまだこのチームに溶け込んでいない自分が勝手にバランスを崩すのも危険である。
一方、左サイドを担当するグティは右サイドを使えないことに窮屈さを感じていた。ワイドに展開してのサイドアタックがこのチームのウリであるのだから当然である。しかし、グティが右サイドのグラシアに送ったパスはまたもキヴィがカットする。ボールを奪い返しに行くグラシアだが見かけからは想像できないフィジカルの強さであっさりと弾き飛ばされて尻餅をついてしまう。“なんだよ?今の?”呆然とするグラシアの前でキヴィはアルベルダと競り合いながらDFラインを引き裂くスルーパスを通してクチの先制点を演出してみせる。時計はまだ前半18分。しかし、グラシアのボールタッチはわずか2回だった…。
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