Name: マルク・ドゥリッチ
Mark DULIC
Nationality: セルビア・モンテネグロ
DOB: 36歳(1967年生まれ)
Height/Weight: 179cm 74kg
Position: CB
Foot:
 レッドスター・ベオグラード(セルビア・モンテネグロ)→ゼータ・ゴルボフチ(セルビア・モンテネグロ) →OFIベオグラード(セルビア・モンテネグロ)→ラ・ルヴィエール(ベルギー)→アーセナル・キエフ(ウクライナ)→デフォルトチーム
1990年。旧ユーゴスラビアは才能の宝庫だった。
ズボニミール・ボバン、ダボル・シュケル、ロベルト・プロシネツキ、
デヤン・サヴィチェビッチ、ドラガン・ストイコビッチ、シニサ・ミハイロビッチ…
数えればキリがない。
そんな旧ユーゴの中盤を背負って立つべき男、それがドゥリッチだったのである。

そう、彼のキャリアのスタートはボランチだったのである。

当時23歳。名門レッドスター・ベオグラードに所属し、若さと勢いに溢れ、
代表キャップも勝ち取った。夏にイタリアで開催されるワールドカップはまさに
彼の華々しい国際デビューとなるはずであった。5月に行われた
ディナモ・ザグレブとのユーゴスラビア・ダービーまでは…
突然、サポーターが狂気に浮かされ暴徒と化した。セルビア人警察官による
情け容赦のない実力行使。大親友のボバンまでもが愛国心から拳を固め、
その黄金の足を暴力に用いてしまった。ドゥリッチにとって「ホーム」であるはずの
美しい緑の芝生が、禍々しい血の赤に染められていく。何よりも争いを嫌い、
サッカーを愛する彼はただ、ただそれを止めたかっただけだった。頭の中は真っ白だった。
次に気がついたとき、彼は自らの手が血に染まっている事に気付いた。
同族の警察官に対し暴行を働いたとし、ドゥリッチに課せられた処分は12ヶ月の留置
及び18ヶ月の出場停止という、あまりにも○○道的なものだった。
ドゥリッチはワールドカップを棒に振り、人生において最も情熱に溢れた時期を
棒に振り、そしてサッカーにおけるありとあらゆるチャンスを棒に振った。
全ての呪縛から開放され、愛し愛されたサッカーボールと再会した瞬間、彼は悟った。
もう、自分は愛されてはいないと。忘れられてしまったのだ、と…
彼は決して諦めなかった。どん底から這い上がり、3年振りのA代表復帰も果たした。
しかし、1994年アメリカワールドカップはまたしても彼を迎え入れてはくれなかった。
ユーゴスラビア内戦行為に対するFIFAの制裁措置により、遂に母国そのものが
サッカーに拒絶されてしまったのだ。全てに絶望しきった彼は代表を引退した。
モチベーションを失った彼のパフォーマンスはみるみる衰え、年月だけが残酷に
過ぎていった。サッカーへの愛情と生まれ持った頑丈な肉体のみに支えられて
プレーを続ける彼に対し、人々は皮肉を込めて“Mr.IRON”と呼んだ。

31歳の夏に、デフォルトチームに加入してからも、彼は絶望を抱えてプレーしていた。
しかし転機は訪れる。デフォルトチームに加入してから2年目の試合。
0-0の膠着状態で後半30分。3バックの要、中央でプレーしていたフォルネンダ−が負傷退場してしまう。
唯一いた控えCBは累積警告で出場停止となっていた。監督が下した決断は、
ボランチのドゥリッチをディフェンスラインに下げ、フォルネンダ−のいた中央でプレーさせることだった。
「最初は戸惑ったよ。でも一度敵からボールを奪ってみて気付いたんだ。サッカーはサッカーだ。
自分が今までやってきた通りのプレーをすればいいんだ、ってね。」
そして後半ロスタイム、ドゥリッチが敵からボールを絡めとる。
そしてこの後、本人も「僕の選手生活の中で最も素晴らしいプレーだ。」と語る出来事が起こる。
「ボールを奪った時、バーチャットがディフェンスラインの裏に走り込もうとする所が見えたんだ。
きっと身体が条件反射で動いたんだろうね。」
ボールを奪ったドゥリッチは前線にロングフィード。見事に裏に抜けたバーチャットが
このボールをゴールに沈め、1-0。同時に試合終了の笛が鳴り、チームは勝利した。
その後はフォルネンダ−の年齢による運動量の低下もあってドゥリッチは3バックの中央でプレーするようになった。
身長が低い、というハンデキャップがあったが高いディフェンス技術でそれを補った。
「今さらボランチに戻れ、と言われても無理だろうね。今ではここが一番居心地がいいんだ。」

当時を振り返る彼の言葉は明るく、かつて彼を取り巻いていた絶望感は薄れているように見える。
CBにコンバートして、彼は再びサッカーに対する情熱を取り戻そうとしている。
懸命に技術を磨いていたあの頃を思い出し、チームを愛してくれるサポーターの存在を思い出した。

弟分のストイコビッチは遠く日本の地で、持て余した妖精の妙技を発揮していたという。
評価を絶大なものとした親友ボバンはクラブレベルで世界を相手に戦っていた。
2003年、さしたる成績も印象も残せぬまま、ドゥリッチは今もボールを蹴っている。
「なら一体俺はどうしたらいい?」
争いの運命に翻弄された男、ドゥリッチ。彼をその答えに導くのは、
他ならぬあなたたちだ。

登録:2004/07/28 ミラニスタ33氏&JURGEN氏作品

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