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オーストラリアという国は、世界的にサッカーが恵まれている国ではない
しかし、その国からキューウェル、ビドゥカ、エマートンと世界的なリーグで活躍する
プレイヤーが数多くでている。キューウェル、エマートンの2人はバーチャットと
同じオーストラリアスポーツ研究所出身である。スポーツ研究所というのは
簡単にいうと養成所である。プロスポーツ選手を育成する機関である。
バーチャット・・・オーストラリアのサッカーフリークで彼の名を知らない者は
いないだろう。これまで幾千のプレーヤーにつけられた「未完の大器」の一人
だよ。と、苦笑いをするだろう。元々、陸上選手として名を馳せていた彼は、サッカーでも
その俊足を生かして地元ではちょっと知られる存在になっていた。
彼は14歳の頃から研究所に通うようになり、見る見るうちに彼の才能は
開花していった。研究所の選手の中には、アロイ−ジやスココといった才能豊かな選手も
数多くいた。彼がこの研究所に通い・・1年が過ぎた。一人の選手が研究所に入った
その名はハリー・キューウェル!
バーチャットは研究所では有名な俊足な選手だったが、キューウェルは
彼に勝るスピードを披露した。テクニックはまだないにしろ、そのスピードは
バーチャットにも驚きがあった。キューウェルとバーチャットは同じシドニー出身という事も
あり、すぐに仲良くなり。二人は研究所1俊足のコンビと題されるようになった。
そもそも研究所というのはオーストラリアのスポーツの育成機関である。オーストラリアの
国の中から才能豊かな選手がこの研究所にやってくる。学校施設や寮などすべてが完備してある。
バーチャットとキューウェルはその研究所でサッカーに毎日明け暮れていった。
バーチャットが研究所にきて、2年、バーチャットはシドニーオリンピックという
豪州のプロサッカーチームのユース組織のテストを受ける事になった。結果は合格
キューウェルとそれから離れる事になった。最後は二人とも泣いて、今度は代表、世界のどこかで
会おうなと二人約束を交わした。バーチャットはすぐに当確をあらわし。16歳とは思わないプレーぶれ
を見せた。17歳6ヶ月トップデビュー後半38分からの出場であったが、そのドリブルは
敵チームからも恐れられ、彼はトップへの階段を上っていった。18歳にはスタメンで数多く出場して
9得点をする。19歳では完全にレギュラーを獲得して18得点を獲得した。
それからは国内では彼を止められる奴はいないと思うほど彼は恐れられていた。
一方、キューウェルは若くしてプレミアリーグのリーズに移籍、レギュラーを獲得して
世界的なプレイヤーになっていたったのだ。
バーチャットは20歳の時についに念願の欧州に旅立つ。その移籍先はキューウェルと同じ
リーズである。リーズはオーストラリアの選手がたくさんいて、コレクターとも思われるほど
オーストラリアの選手を好んでいた。
リーズでは「右のバーチャット」「左のキューウェル」と呼ばれチームの躍進の原動力となった。
リーズでの活躍が評価され、オーストラリア代表にも選ばれ「バーチャット・キューウェルコンビ」は不動のものとなった。
しかし、練習嫌いでもあった彼は以降急激に伸び悩み、プレミア屈指のプレーヤーとなったキューウェル
とは対照的に、クラブでも代表でも彼の居場所は無くなっていった・・・
サッカーに対するパッションさえも失いかけていたバーチャットは24歳の時にデフォルトチームに移籍する。
それは事実上、リーズからの戦力外通告だった。
しかし、逆にその移籍が彼に新たな刺激となり、サッカーに対するパッションを取り戻させた。
自分を切り捨てたクラブを見返すため、そして、再びキューウェルとコンビを組む為に・・・
キューウェルよ!また、研究所でチーム組もうぜ
俺はデフォルトで頑張るけど、お前はお前で頑張れ
代表に呼ばれて、お前とまたプレーしたいよ
似たような境遇の仲間達と共に、今彼は岐路に立つ。
26歳と可能性溢れる彼は、再びスポットライトを浴びる事が出来るだろうか?
幾千の「未完の大器」から一握りの偉大なプレーヤーへとなれるのだろうか?
それは、デフォルトチームの活躍にかかっている。
バーチャットは今日もまたフィールドを駆け巡る。
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