Name: ジャン・ビゼッロ・チェルニーリ
Gian Bizello CELNILI
Nationality: イタリア
DOB: 33歳(1970生まれ?)
Height/Weight: 178cm 76kg
Position: DMF
Foot:
 デフォルトチーム→ユヴェントス(イタリア)→デフォルトチーム
チェルニーリは幼い頃からカルチョに魅了された少年だった。物心つく頃には
ボールを追いかけていた。両親が地元のデフォルトチームのティフォージだった
のもありデフォルトチームの下部組織に12歳の時に入り、そこでレジスタとして
才能の片鱗を見せ始める。17歳でトップデビューを果たした彼はチームを中盤の
底から操りビッグクラブの関心を惹くようになる。
  U−20を経て22歳のときにU−23イタリア代表としてバルセロナ五輪に出場。
この大会でのパフォーマンスが彼にビッグクラブへの移籍というチャンスをもたらす。
結局、93−94シーズンを前にインテル、ミラン、ラツィオとの競争に勝ったユヴェン
トスがチェルニーリを獲得した。85−86シーズン以来スクデットから遠ざかっていた
ユヴェントスでチェルニーリはパウロ・ソウザとのコンビである程度のパフォーマンス
を見せるがミランの3連覇を阻止できなかった。それでもチェルニーリはアメリカW杯
の代表候補として最終選考まで残った。惜しくも本大会出場はかなわなかったものの
代表クラスの選手として評価されていた。
  しかし、94−95シーズンの開幕前に負傷してコンディションの良くなかったチェル
ニーリをよそにユヴェントスは久しぶりのスクデットを獲得、このシーズンを境にチェル
ニーリのキャリアが狂い始める。
  再びレギュラーを奪った95−96シーズン、スクデット争いも熾烈になる終盤戦での
大一番、ホームでのイタリアダービーで彼はアレッサンドロ・デル・ピエロの得たPKを
外してしまう。結局、この試合のこのPK失敗は一因となりユヴェントスはミランにスク
デットを譲ってしまう。
  このシーズンにスクデットを逃したチームの戦犯とされたチェルニーリはひっそりと
トリノを去り古巣であるデフォルトチームに戻ってきた。イタリアダービーでのPK失敗
以来、ミニゲームですらPKを蹴らなくなったチェルニーリだったが古巣に戻って3シーズ
ン目のリーグ最終戦、1部残留が懸かった場面でPKキッカーを任されてしまう。緊張の
中チェルニーリの蹴ったボールはまたも枠の外を通過していった。
  結局この試合を落として2部降格の決まったデフォルトチームだったが、チェルニーリ
はユヴェントス時代のように非難されることもなくチームに留まった。このときからチェル
ニーリは毎日の練習のあとに必ずPKの練習をするようになった。頭の中であのイタリア
ダービーを思い浮かべながら…。
  そしてチェルニーリももう30代のベテラン選手となった。かつてイタリア代表だったこと
など若いティフォージはまったく知らない。しかし、チェルニーリがPKを外す姿も若いティ
フォージたちは見たことがない。彼は今日もPKの練習を欠かさない。またイタリアダー
ビーを思い出しながら…。
登録:2004/07/28 ジョン・ルート信仰者氏作品

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